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大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)3184号 判決 1960年3月22日

原告 大阪ゴム商業協同組合

被告 国 外三名

訴訟代理人 平田浩 外二名

主文

一、被告五代儀喜久治は原告に対し、金二、〇九六、二〇〇円及びこれに対する昭和二八年八月二二日から右完済に至るまで年五分の割合の金員を支払え。

二、原告の被告国、同日本通運株式会社、同青木栄助に対する各請求を棄却する。

三、訴訟費用中原告と被告五代儀との間に生じた分は同被告の負担とし、原告とその余の被告等との間に生じた分は原告の負担とする。

四、この判決は原告勝訴の部分に限り、原告において金七〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告等は各自原告に対し、金二、〇九六、二〇〇円及びこれに対する被告五代儀は昭和二八年八月二二日から、その余の被告等は同年同月二一日から各完済に至るまで年五分の割合の金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告五代儀は請求棄却の判決を、その余の被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

原告訴訟代理人は請求の原因として次のとおり述べた。

一、被告五代儀に対する請求原因

(一)  原告は大阪府下に営業所又は工場を有する地下足袋その他ゴム製品の製造、販売業者を以て組織された協同組合であつて、組合員の取扱品の仕入、販売並びに斡旋、運搬等の業務を営んでいたものである。

(二)  原告は農林省林野庁管下の前橋営林局からの註文により、同営林局に納入するものと信じて、地下足袋一〇、〇〇〇足及び紳士靴(運動靴)三七八足を、別紙明細書のとおり昭和二五年六月一五日以降同年八月五日までの間に前後九回に亘り、大阪駅及び徳島県蔵本駅から、着駅扱店は被告日通前橋支店、荷受人は前橋営林局として発送し、右貨物は同年六月二〇日から同年八月一七日までの間に順次前橋駅に到着し、一応被告日通前橋支店倉庫に保管された。しかして右地下足袋は一足につき金二〇〇円、運動靴は一足につき金六〇〇円代金合計金二、二二六、二〇〇円の定で現品到着の日より六〇日以内に商工組合中央金庫の原告組合口座に代金の払込を受けることとなつていたのであるが、約定期限を経過しても代金の支払がなされないので調査した結果次のような事実が判明した。

(三)  すなわち、右の取引に際しては、原告組合の事業担当理事である山田俊一と、当時農林技官であつて、前橋営林局計画課に特殊施業係長として勤務し物資購入の権限を有し、又は外観上その権限を有するものと見られる地位にあつた被告五代儀との間に折衝が行われたのである。ところが同被告は訴外松原宏親と相謀り、同被告の右の地位を利用して前橋営林局名義を用いて原告から地下足袋を多量に買入れ、これを他に転売することにより利益を得ようと企てていたものであつて、同被告は、右松原とその女婿と称する訴外大塚明等を介して原告に買入れの申込をなし、昭和二五年六月上旬頃右申入れに応じて前橋営林局に赴いた前記山田理事に対し、被告五代儀は、「前橋営林局管内には一三署があり、局計画課は管内全署の諸企画の立案、実行に当つているのであるが、自分はその担当官であり企画実行に必要な諸物資の購入もしなければならない、地下足袋及び運動靴は管下全署の職員及び労務者が使用するものであり、代金は局が責任を持ち取纏めて支払うから安心されたい、発註書は後刻作成の上送付する」旨言明し、ついで間もなく前記松原、及び大塚が同年六月一二日付(地下足袋一〇、〇〇〇足)及び同月二六日付(運動靴三七八足)の各発註書を原告組合に持参した。

そして右発註書は、前橋営林局の用箋を用い、その用途欄は「当局管下各署労務者用」又は「当局職員及び従業員用」と明記してあり、かつ発註者欄には「前橋営林局計画課」なる記名印、局印、及び五代儀の認印等が押捺されていたのである。このようにして被告五代儀は、松原と共同して、あたかも前橋営林局が右地下足袋等を買受けるかの如く装い、その旨原告を信用させ、よつて前記のとおり本件物品を送付させた上、原告の依頼によりその運送取扱人となり、原告のために右物品を保管していた被告日通の前橋支店の貨物係であつた被告青木に対し、松原において、同人が原告組合の職員であるかの如き虚偽の肩書を付した名刺と、被告五代儀作成の荷主に引渡されたい旨の依頼状を用いて、正当な荷受人であるかの如く右被告青木を欺き、同支店倉庫に保管中の荷物全部の引渡を受け自己の支配下に置き、次いでこれを他に転送し、転送先で売捌き、右物品に対する原告の所有権を滅失させた。

(四)  以上のように被告五代儀は、故意を以て不法に原告の本件物品に対する所有権を侵害し、原告に損害を蒙らせたものであるから、原告は被告五代儀に対し損害賠償として、右物品の当時の価格に相当する金二、二二六、二〇〇円から、同被告がその後に弁済した金一三〇、〇〇〇円を控除した残額金二、〇九六、二〇〇円、及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和二八年八月二二日以降右完済に至るまで年五分の割合による法定の遅延損害金の支払を求める。

(五)  仮りに右不法行為が成立しないとしても、前記の事実によれば、原告と被告五代儀個人との間に右物品につき売買契約が成立しているところ、原告はその買主を前橋営林局と誤信していたものであつて、右は法律行為の要素の錯誤であるから右契約は無効であり、仮りに錯誤でないとしても、原告は被告五代儀の前記のような詐欺に基き、売買の意思表示をしたものであるからこれを本訴で取消す。従つて結局契約は無効に帰し、同被告は法律上の原因なくして本件物品を取得したものであるから、右に基く不当利得返還請求として、原告は同被告に対し、前同額金員の支払を求め、もし右売買に無効、取消原因がなく、売買が有効とすれば、売買代金として右同額金員の支払を求める。

二、被告国に対する請求原因

原告は前記のように被告五代儀の不法行為により損害を蒙つたものであるが、同被告は前記の通り農林技官として被告国の被用者であり、かつ、当時前橋営林局計画課特殊施業係長として右営林局のために物資購入の権限を有し、その職務執行としてしたものであり、仮りに権限がなかつたとしても、前記の取引については右の地位、前記のような発註書の体裁、大量、多額取引であること等からして、少くとも外観上営林局の業務としてなすものと認めらるべき状況にあつたものである。従つて被告五代儀の前記行為は、前橋営林局すなわち被告国の事業の執行につきなされたものというべく、被告五代儀の不法行為につき被告国は使用者としての責任を負わなければならない。よつて原告は被告国に対し、損害賠償として前記被告五代儀に対するものと同額の金二、〇九六、二〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和二八年八月二一日から右完済に至るまで年五分の割合の法定の遅延損害金の支払を求める。

三、被告青木に対する請求原因

被告青木は本件発生当時、被告日通前橋支店の貨物到着係長兼発送係長の職にあり、貨物の保管及び荷受人への引渡につき善良なる管理者の注意を払うべき職務上の義務があつたのに拘らず、前記のような松原の荷物引取の申出を受けた際、右注意を怠り、指定荷受人である前橋営林局に出向き、もしくは担当官被告五代儀の来所を求めるなどして、正当荷受人を確かめることをせず、単に被告五代儀の電話及び名刺による指図並びに松原の提出した前記虚偽名刺により軽々しく松原が荷受の権限があるものと判断し、別紙明細書のとおり昭和二五年七月九日から同年八月三〇日に至る間に、本件物品全部を松原に引渡し、惹いて原告の右物品に対する所有権滅失の結果を招来せしめたものであつて、右は同被告の重大な過失に因る不法行為により原告に損害を加えたものというべきである。よつて原告は同被告に対し損害賠償として本件物品の時価金二、二二六、二〇〇円から被告五代儀が弁済した金一三〇、〇〇〇円を差引いた残額金二、〇九六、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和二八年八月二一日以降右完済に至るまで年五分の割合による決定の遅延損害金の支払を求める。

四、被告日通に対する請求原因、

(一)  被告青木は被告日通の被用者であり、その事業の執行につき前記のように原告に損害を加えたものであることは明らかであるから、被告日通は使用者としての責任を負うべきであり、原告は同被告に対し前記金二、〇九六、二〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和二八年八月二一日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による法定の遅延損害金の支払を求める。

(二)  仮りに右不法行為責任が認容されないとしても、前記のように被告日通の使用人が、荷受人でない第三者に運送品を引渡しこれを回復不能ならしめたことは、運送取扱人たる被告日通の、原告との委託契約上の債務不履行であるから、これに基く損害賠償として前記同額の金員の支払を求める。

被告五代儀は答弁として次のとおり述べた。

原告主張の事実中、被告五代儀が前橋営林局計画課勤務の農林技官であつたことは認めるが、被告五代儀が訴外松原と共謀の上原告主張のような不法行為をなし、よつて原告に損害を蒙らせたとの点は争う。被告五代儀は昭和二五年五月五日頃本件取引の仲介人であり原告の代理人と目さるべき松原から話を持掛けられた結果、前橋営林局管内各営林署の希望者に対し、その利便を図るため物資の斡旋をしようと考え、個人としての資格で原告との間に本件地下足袋等の売買契約を結んだものであつて、右営林局のため、もしくはこれを仮装してなしたものではなく、このことは昭和二五年六月一〇日原告組合の山田理事等と面接した際にも繰返し明言したところである。たとえ原告主張の発註書に前橋営林局の局印が押印されてあつたとしても、これは松原が局の註文らしく装うため偽造の印章を使用したものであり、荷受人の表示を前橋営林局としたのも、被告五代儀とすべきところを荷送人たる原告が一方的にこのように記載したもので、いずれも被告五代儀の関知しないところである。しかるにその後購入辞退者が続出したため、被告五代儀は当時既に原告組合の事業部員と称し(この事は山田理事も承認していた)そのような記載のある名刺を所持していた松原に対し、売買契約解除方を申入れたところ、松原はこれを承諾し、他に処分する旨答えたので、被告五代儀は被告日通前橋支店に指図し、荷主たる原告に返還するものとして到着貨物すべてを原告代理人たる右松原に引渡させた次第である。従つて被告五代儀は原告に対しなんら損害を与えたるのでなく、原告の請求には応じ難い。

被告国の指定代理人は答弁として次のとおり述べた。

原告主張事実中、被缶代儀が前橋営林局所属の農林技官であつたことは認める。しかし原告主張の被告五代儀の不法行為の原因事実、並びに同被告が原告主張のような職務権限を有し、或はそのような外観を備えていたとの事実を否認する。被告五代儀は訴外松原のなした原告所有物件の売捌を個人として斡旋したに過ぎない。また被告五代儀は、本件当時右営林局経営部計画課特殊施業係として、専ら保安林の指定及び解除、指定保安林の施業要件の決定その他の事務を担当していたものであつて、営林局の物資購入に関与する権限を有しなかつたのはもとより、同被告の所属する計画課としても物資購入の事務は管掌していなかつた。そもそも前橋営林局における物資購入の事務は、すべて総務部会計課の所管であつて、その手続は、あらかじめ業者から見積書を徴し日常品その他少額の物品のほか、支出負担行為認証官(当時は局長)の認証を受けた上、支出負担行為担当官(当時は総務部長)において業者と契約を締結する仕組であり、しかも本件のように金六〇〇、〇〇〇円以上の取引については、特別の場合を除き、一般競争入札によらなければならないことになつていたのでありしかも原告主張の発註書はその体裁が支離滅裂であつて、外形上到底正規のものと認め難いものであつたから、これらの点に徴すれば、外観上も被告五代儀の行為を営林局の業務執行行為と見ることはできない。

よつて仮りに被告五代儀につき不法行為が成立するとしても、被告国が使用者責任を負うべきいわれはなく、国に対する原告の請求は失当である。

被告青木、同日通訴訟代理人は次のように答弁した。

原告主張事実中、被告五代儀が前橋営林局勤務の農林技官であり、被告青木が被告日通前橋支店の到着係長兼発送係長であつたこと、被告青木が原告主張のように本件物品を松原に引渡したことは認めるが、同人が重過失により、正当の荷受権限のない者に引渡したとの点、及び被告五代儀の不法行為の事実は争う。

原告主張の運送物品の荷受人は前橋営林局又は前橋営林局計画課であつて、被告青木はその職員で代表者又は代理人たる被告五代儀に引渡したものであつて、すべて適法な処置である。(社会通念上、官庁長官に対し直接引渡すことは必要でない)すなわち昭和二五年六月二〇日本件第一回の貨物が前橋駅に到着した際、被告日通支店の係員は直ちに荷受人である前橋営林局に電話で連絡し、担当官である被告五代儀の指示(同人は右支店へ自ら来所して指図したこともあつた)に基き、到着貨物を倉庫に保管していたのであるが、その後同年七月九日被告五代儀は被告日通支店に対し、本件物品は営林局としては不要となつたから今後入荷する分と共に他に転送することとなつた。ついては荷送人である原告組合の松原の指図どおり処理されたい、但し貨物は一応全部営林局で受取つたこととする旨電話で指示し来り、ついで同様趣旨を記載した指図書を松原をして被告日通支店に持参させた。そこで同支店係員は右貨物は荷受人へ一旦引渡を終えたものとして、さらにその依頼に基いて原告主張のように松原に引渡し、又は他に転送したのである。

仮りに被告青木に過失があり、原告に損害があつたとしても、その原因は専ら被告五代儀の不法行為に在るもので、被告青木の過失はその原因を為すものではない。しかもその行為については原告自らにも重大な過失があり、被告青木がその損害賠償義務を負担すべき筋合はない。

被告青木に責任がない以上、被告日通の使用者責任も存しないのであるが、仮りに被告青木につき不法行為が成立するとしても、被告日通は被告青木の選任、監督について過失がない。

従つて被告青木、同日通は原告の請求に応ずる義務はない。

証拠<省略>

理由

一、被告五代儀が前橋営林局の用紙に同人の認印と計画課の記名スタンプを押捺し、その余の文言部分を訴外松原が記入し、これに同人が前橋営林局計画課の偽造印を押捺して作成し、原告に交付した右のであることを証人松原宏親の証言と原告代表者尼子隆造尋問の結果により認め得る甲第一号証の一、二、原告と被告五代儀、同日通、同青木との間で成立に争がなく、被告国との関係では被告五代儀本人尋問の結果により成立を認め得る甲第三号証の二、(丁第二号証)、原告と被告五代儀との間で成立に争がなくその余の被告等との関係では松原証人の証言により成立を認むべき同号証の三、(丁第三号証)原告と被告五代儀被告青木、被告日通との間で成立に争なく、被告国との関係では被告五代儀本人尋問の結果により成立を認める同号証の八(丁第四号証)被告青木の本人尋問の結果により成立を認め得る丁第一号証の一ないし九、同第九号証、証人山田俊一、同松原宏親、同大塚明、同桜井秀一の各証言、被告五代儀、同青木各本人、原告組合代表者尼子隆造尋問の結果を綜合し、本件事案の経緯を概観すると次のような事実が認められる。

被告五代儀は昭和二五年当時農林技官として前橋営林局経営部計画課に勤務し(上記事実は当事者間に争がない)、同課の特殊施業係員として、保安林の指定・解除・施業要件の変更・設定並びに国立公園に関する事務を担当していたが訴外松原宏親とは同人が従来同営林局の職員団体たる林業報国会に物資を納入していた関係からかねて知合いであつたところ、同年五月初旬頃松原から、原告組合に地下足袋等の売物があるから、現場従業員用等として購入してはどうかとの話を受け、右の申入れに応ずることとした。その後価格、数量等につき折衝があつた上、同年六月上旬頃原告組合の理事兼業務部長山田俊一が前記松原、その縁者である大塚明、及び松原、大塚を原告組合に紹介した金炳勲を伴い、売買の交渉並びに契約締結のため前橋営林局に被告五代儀を訪問し、同被告は右営林局計画課事務室でこれを応待し、取引条件につき話合つたが、その席上同被告の取引資格、権限については特に話に上らず、(この認定に反する甲第二三号証の記載、証人山田俊一の証言及び被告五代儀本人尋問の結果は措信できない)売主側の山田は、その取引の環境と同被告の役職より、当然に同被告が前橋営林局の物資購入権限ある者として契約するものと推断して商談を進め、同被告においても何等右の権限を有していなかつたにも拘らず、その旨を相手方に告知することなく、その誤信に乗じて、恰も右物品を前橋営林局の購入担当者として同局のために購入するかのような風を装つて商談に応じ、その結果原告主張の地下足袋一〇〇〇〇足(人夫用)を一足二〇〇円替、運動靴三七八足(職員用)を一足六〇〇円替で、早急に局宛に送荷納入し、代金は現品到着後六〇日以内に支払を受けることとして同日口頭で売買の取決めができた。そこで山田理事は被告五代儀に発註書(原告組合が商工組合中央金庫から融資を受けるにつき右の書面を同金庫に提出する必要があつた)の交付を求めたところ、同被告は現在上司が在庁しないので後刻送付する旨答えたので山田はそれならば松原に託して原告組合に届けてもらいたい旨依頼して会談を終えた。その後松原はかねて被告五代儀より入手していた前記営林局計画課の記名スタンプと被告五代儀の認印の一押捺されてある同局の用紙に、スタンプライターを使用して記入した同年六月一二日付地下足袋一〇、〇〇〇足、同月二六日付紳士靴(運動靴)三七八足の各取引条件の記載のある二通の発註書を原告組合に持参したが、前橋営林局の局印が押されていなかつたため不備とされて補正を求められ、一旦京都の自宅に持帰つた上、同市内の印判店で右局印を偽造してこれを右各発註書に押捺し原告組合に届けた。

右発註書は前記のような用紙、記名、捺印を具備していた上に更に六月一二日付のものには用途として「当局管下署労務者用」と、同月二六日付のものには同じく用途として「当局職員及び従業員用」とそれぞれ記載があつたので、原告組合としては買主が前橋営林局であることをますます疑わず、原告主張のように同年六月一五日以降八月五日にかけて、荷受人を前橋営林局又は同局計画課として、大阪駅及び徳島県蔵本駅から右註文品全部を発送した。そして右貨物は原告主張のように同年六月二〇日から八月一七日に至る間に順次前橋駅に到着し、着扱店である被告日通前橋支店に入庫した。そこで右第一回の貨物到着の際、右支店係員桜井秀一は荷受人と指定された前橋営林局計画課に電話を以て到着の旨通知したところ、担当者と称する被告五代儀から、そのまま倉庫に入れておくようにとの返事があり、その後着荷の都度電話連絡した上保管していたのであるが、大半の荷物が到着した頃、被告五代儀は前記桜井に対し、荷物は地方へ発送(転送)する都合があるので営林局まで配達せず、荷受人として一旦受取つたものとして、これを荷送人側の者である松原に引渡すよう電話で指示し、かつ、送り主を「大阪ゴム履物商業協同組合(松原宏親)」とし、受取人を「前橋営林局計画課(又は五代儀技官)」として、同様の趣旨を記載した職名入りの名刺を指図書代りとして松原に託して被告日通支店に持参させた。これより先松原は原告組合事業部の者であると称して、その旨の肩書のある名刺を持つて右支店を訪れ荷物到着の節にはよろしく頼むとの挨拶をしたことがあり、これと前記五代儀の指図と相俟つて、同支店係員は松原を荷受人の新たな指図に基く受取人として、貨物を原告主張のように同人に引渡し、或は同人の指図により長野県上田市へ転送(上記引渡、転送の事実は被告青木、同日通の争わないところである)した。ところで松原は被告五代儀がその手によつて右物品を処分することができなくなつたので同被告の求めによりこれを他へ売却して、その売得金を以て本件代金の支払をすることとし、貨物を前記のように自己の支配下に置いた上、転送先である長野県その他で売捌いたが、その代金を回収することができずに終り、他方原告組合は、約束の支払期限を経過しても代金の支払がないので再三督促を重ねていたのであるが、調査の結果、契約締結及び荷物引渡につき前記のような予測しない事実が存在したことを知つたのであるが、本件物品は当時既に他に処分されていたためこれを回復することが不可能であつた。

大要以上のような事実を認めることができる。証人松原、宏親、同五代儀きよの各証言、被告五代儀本人尋問の結果中右認定に牴触する部分は信用できず、他にこの認定を左右する証拠はない。

二、被告五代儀に対する請求について、

前段認定によれば、被告五代儀は本件売買契約の締結に際し、原告組合の山田理事と面接した際、同理事が、ひとえに営林局を取引の相手方と誤信しているのを知り、敢てその錯誤に乗じ松原と共同して営林局の取引と偽装し、その名義の発註書を交付すべきことを申向けた上、局印を除き、営林局の作成名義を一応整えた内容白紙の発註書を松原に与え、同人をして予め自己が了承した契約内容を記載せしめてこれを原告組合に交付することを任せたものであつて、右契約が営林局に対して効力を生ずるものとは固より期待せず、また自ら個人として取引当事者の責任を負担すべき明確な意図、認識をも有していなかつたことを優に推断するに足り、結局有効な売買契約関係を発生せしめる意思を持たずして、売買名下に目的物件の占有を不法に取得しようと意図していたものというをはばからない。そして当初より目的物件を窮極的に領得しようとするまでの意図は認められなくとも、既に前記のように他人を誤信させて物品の交付を受けるという自己の違法行為を認識していた以上、不法行為の要件たる故意を有していたものといわなければならない。そして同被告は、本件目的物件を荷受人の権限を装い運送取扱人たる被告日通より一旦自己の支配下に収めた上、被告日通支店員に指示して松原へこれを引渡さしめ、結局同人の処分に任せて、これを全部回復不能に陥らしめたものであつて、右松原への引渡が右物件の返還その他如何なる意図に出でたものにせよ、同人が契約相手方である原告の代理人であり、右物件が原告の手に復帰したものと見られることについては何等の証拠がない以上は(前掲丁第三号証は、この点の確証とするに足りない)、被告五代儀が松原と共同して、原告所有物を喪失せしめた結果には何等変りはない。

以上説示したとおり、被告五代儀の本件物品購入、引取及び松原への引渡指図は、同被告の故意による不法行為であり、そして右物品の回復不能による損害の発生がこれと相当因果関係に立つものであることは明らかであるから、被告五代儀は原告に対し損害賠償として本件物品の滅失当時の価格相当の金員を支払うべき義務がある。

そして右価格は、反証のない限り、地下足袋については一足金二〇〇円、運動靴については一足金六〇〇円であり、総計金二、二二六、二〇〇円という前記取引代金と同額であつたものと推定することができる。

よつて被告五代儀に対し右金員から原告が弁済受領を自認する金一三〇、〇〇〇円を差引いた金二、〇九六、二〇〇円、及びこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和二八年八月二二日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は理由がある。

三、被告国に対する請求について、

被告国の被用者である被告五代儀が、不法行為に因り原告に損害を加えたことは前記のとおりであるから、これに基く被告国の責任の有無について考えるに、被告五代儀の行為が前橋営林局のためその事務の一端としてなされたものでないことはさきに認定したとおりであるとともに、証人神谷保彦の証言によれば営林局において物資を購入する場合には内部の評議、決裁の手続は暫く措くとしても、外部の業者に対する関係では、当初見積書を徴し、本件のような金額六〇〇、〇〇〇円以上の取引については一般競争入札の上、支出負担行為担当官たる総務部長名義で業者との間に契約書を作成するという手続を経なければならないことが認められる(従つて他の官庁においてもその取扱に大差がないであろうことを推測できる)のであつて、本件のように一職員が業者と唯一度面接し、一片の発註書を発行したに過ぎないということはまことに異例の取扱であつて、到底外形上も営林局ないしは国の業務の執行につきなされた行為と見ることはできない。のみならず被用者の行為が業務の執行につきなされたというためには、それが当該被用者の担当職務範囲内の行為であることを要する(もとより厳密に内部の分掌規程等に合致しなくともよいであろう)ものと解すべきところ、前記証人神谷及び証人小田精の各証言によれば、計画職員たる被告五代儀はもとより、計画課全般としても物資購入ないし購入物資の引取りの権限を有していなかつたことが認められ、又計画課勤務農林技官という官職名から直ちに右の権限ありと信ずることも通常妥当のこととはいえない。そうすると被告五代儀の行為は前橋営林局ないしは国の事業の執行につきなされたものということができず、被告国に対し使用者責任を問う原告の請求は、その要件を欠き、失当としなければならない。

四、被告青木に対する請求について、

原告は、被告青木が被告日通前橋支店の到着係長兼発送係長としての職責において、本件物品を正当な荷受人でない松原に引渡したと主張するけれども、前認定及び成立に争のない甲第五号証の一、二、三によれば、かかる事実は認められず、同被告は被告五代儀の申入れにより取あえず、自己の倉庫に保管し、次いで同人に一旦引取(未到着のものは到着を条件として)を承認せしめた上、改めて同人の指示により松原に引渡したものであつて、右五代儀の引取承認は現実の引渡でなくとも適法な引渡と認めて差支なく、又同人は荷受人として表示された前橋営林局計画課の職員であるから、外部よりその受取権限があるものと見られる状況が備わる限り、同人へ善意で為した引渡は、当初の運送取扱受託上の義務を果したものとして免責せられる。そうすれば、原告の主張する過失即ち注意義務違反の根拠となる運送取扱人としての義務はすでに消滅したものと、いうべきであるから、原告が被告青木において被告五代儀の指図を経ずして直接松原へ引渡したものとし、これを運送取扱人としての過失による不法行為としてその損害賠償を求める原告の請求は、その理由がないことはいうまでもない。

五、被告日通に対する請求について、

(一)  被告青木の不法行為が成立しないとすればその使用者としての被告日通の責任を追及する原告の請求が認容できないものであることは当然である。

(二)  次に債務不履行を原因とする原告の請求も、前認定のとおり被告青木より契約の履行として直接に第三者たる松原へ引渡した事実が認められない以上、その余の点につき審査するまでもなく理由がないことに帰する。

叙上判断したとおりであるから、原告の本訴請求中被告五代儀に対する請求(不法行為に基くもの)を認容し、その余の被告等に対する各請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮川種一郎 奥村正策 山下巖)

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